正反対の価値観だった私たちが、25年後に笑い合えた理由🌿
- Sae Katsuta

- 2025年12月18日
- 読了時間: 5分
最近、
言葉になる前の感覚に、
何度も立ち止まっています。
ニュースだったり、
人との会話だったり、
ふとした日常の一場面だったり。
すぐに意見を持つほどでもなく、
誰かに説明できるほど整理もされていないけれど、
「これは簡単に流してはいけない気がする」
そんな小さな引っかかりとして、
胸の奥に残る感覚です。
私は昔から、
答えを急ぐよりも、
こうした“言葉になる前”の時間を
とても大切にしてきました。
人生の大切な問いは、
いつも少し遅れて、
静かに形になっていく。
最近は、そんなことを
あらためて感じています。
誰かがその人生を引き受けてあげることはできない。
どれほど環境が整っていても、
どれほど支えの手が差し伸べられていても、
人生の節目節目で、
「自分はどう生きるのか」と
一人で向き合わざるを得ない瞬間は訪れます。
誰かの代わりに、
誰かがその人生を
引き受けてあげることはできない。
それは冷たい現実というより、
人が人として生きる上での、
とても静かな前提のように
私には感じられます。
だから私は、
「主体的に生きる力」を
特別なものとして扱うより、
日常の中で、
少しずつ育まれていくものとして
捉えたいと思っています。
強くあれ、ということでも、
一人で頑張れ、ということでもありません。
自分の感覚を信じてみること。
迷ったときに、立ち止まること。
問いを問いのまま、抱えてみること。
そうした小さな選択の積み重ねが、
やがて
「自分の人生を引き受ける力」へと
つながっていくのだと思うのです。
少し個人的な話になりますが、
私自身、若い頃はどちらかというと
かなり個人主義的でした。
「自分で頑張るしかない」
そう思いながら、
社会や構造に目を向ける余裕は、
あまりなかったように思います。
そんな私が、
社会学を学び、
物事を構造的・俯瞰的に捉える
夫と人生を共にする中で、
見える景色は少しずつ
変わっていきました。
私たちは、
結婚当初から
価値観が似ていたわけではありません。
むしろ、かなり正反対だったと思います。
(多くはそうなのでしょう)
私は主観的に、
感情や体感から考えるタイプ。
彼は良識的で、
社会全体を見渡す視点を
大切にする人。
その俯瞰的なあり方が、
当時の私には
とても冷たく感じられることもありました。
「もっと、個として向き合ってほしい」
「どうしてそんなに距離を取って見られるのだろう」
今振り返ると、
それは彼の問題というより、
私自身が
どう受け止めてほしかったのか、
何を分かってほしかったのか、
という問いだったのかもしれません。
「でも、君は昔、そういう話はいいって言ってたじゃないか」
けれど25年も一緒にいると、
価値観というものは、
思っている以上に行き来するものらしく。
いつの間にか私は、
彼のように、
社会や構造の話をするようになっていました。
あるとき、
私が最近感じていた疑問について、
「あなたの社会学的な視点で、どう考える?」と
彼に問いかけたことがありました。
すると返ってきたのは、
とてもシンプルで、
どこか主観的な答えでした。
「それって、結局は気持ちの問題なんじゃない?」
私は思わず、
「もっとさ、構造とか社会の話を聞かせてほしかったんだけど」
と言ってしまって、
彼は少し笑いながら、
「でも、君は昔、そういう話はいいって言ってたじゃないか」
と返してきました。
一瞬、言葉に詰まってから、
私たちは二人で笑いました。
「立場、入れ替わってない?」
そう言いながら、
不思議だけれど、
どこか安心するような気持ちが
胸に残りました。
社会やコミュニティが人を支えることも、
個人が自分の人生を引き受けることも、
どちらか一方ではなく、
どちらも必要。
そんな感覚を、
私たちは理屈ではなく、
暮らしの中で
ずっと試行錯誤してきたのかもしれません。
来年に向けて準備している
マザーリトリートも、
そんな感覚の延長線上にあります。
私から
「答え」や「正解」を
手渡す場には
したいと思っていません。
子育ての答えは、
誰かに教えてもらうものというより、
それぞれのお母さんの内側で、
すでに大切に抱えられているもの。
ただ、
日々の忙しさや役割の中で、
その感覚が
少し遠のいてしまうことは、
誰にでもあります。
立ち止まり、
感じ、
言葉にしていく時間があれば、
その感覚はまた、
ゆっくりと
輪郭を持ちはじめる。
だから私は、
「講座」や「セミナー」ではなく、
リトリートという形を
選びました。
教わるための時間ではなく、
自分の内側と
出会い直す時間。
主体的に、
自分の子育てを
引き受けていくための、
静かな再調整の場として。
最近は、
子育てだけでなく、
パートナーシップというテーマについても、
自分の中で
静かに言葉を探しています。
何かを始める、
というよりも、
これまでの時間の中で
育ってきた対話や違和感を、
もう一度、
丁寧に見つめ直している感覚に
近いかもしれません。
人生は、
いつも完成形ではなく、
更新され続けていくもの。
その途中にある
揺れや問いも含めて、
これからも
大切にしていきたいと
思っています。
このブログでは、
教育移住の日々や、
創造的な生き方についても、
少しずつ綴っています。
もし、
どこかひとつでも
心に触れるものがあれば、
それはとても
嬉しいことです🌿





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